雨の夜には無性に散歩がしたくなる。そして川や池が見たくなるのはなんでだろう。
雷あとの、それでもまだ弱いとはいえない雨の町。(時折まだ雷も)
小さな川に、まるでギターのフレットみたいにいくつもの橋。
こちらがわの橋のまんなかに立って欄干にもたれながら、隣の橋(すこし大きい)を行く自動車と、光を乱反射する川面(かわも)とを代わる代わる眺める。
川の流れをずっと見てるとね、だんだん目が離せなくなる。不思議な錯覚、アニメで描いた雲か煙のような。うまく言えないんだけど。
横からでもいいけど、ぜひ川は縦に見てもらいたい。
そういえばこの辺は、1年まえに彷徨った場所だったっけ。そんな場所が1年後にはこうして親密な場所になって、僕はいま雨と傘のなか佇んでいる。
さまざまなことを経て僕はここにいる。
さまざまなことが、別々のことに思えても、実は全部繋がっていたりするのだ。
時間軸に沿って並べ替えてみるといい。そこには(たとえ原因や、理由や、結果が見い出せないとしてもだ)何かしら大きくて緩やかな流れがあるはず。
川を流れる水やゴミや微生物のように、僕らは時間という流れに流されながら、時に出会い、別れ、近づいては離れ、浮き沈みしながら、僕らは生きているのだ。
それが価値あることであれ無意味であれ、嬉しいことであれ悲しいことであれ、すべてが繋がっている。大きな1つの流れのなかで。
さあこれからどうなる。
流れに身をまかせる。
あるいは流れを作る?
川面なら何時間みていても飽きない。それが夜で、雨ならなおさらだ。
さて。
心が静まった。
余分な(厄介な)電流は静かに放電するのがよい。
そして充電。
よし。
空の放電はもうちょっと続くみたい。
空が騒がしい夜は、町が静かで、大好きだ。










